群馬で生まれ、群馬で育った地元企業の歴史やこだわりを紹介するコーナー。今回は、登山者向けに山小屋で販売され、登山記念の品としておなじみの山バッジを製造している「株式会社高崎金属工芸」をご紹介。これまで、全国各地の山々をモチーフにしたバッジを手がけてきた同社。そんな株式会社高崎金属工芸のこれまでの歩みやこだわりなどを取材した。

　「株式会社高崎金属工芸」は、1974年に清水澄雄さんが創業した高崎市のバッジ製造会社。創業のきっかけは、澄雄さんが趣味の登山中に山小屋で山バッジを見かけたことだった。当時、東京にある親戚の記章会社で働いていた澄雄さんは、まだ著名な山でしか販売されていなかった山バッジに興味を持った。「これはウチでも作れる」と商品を企画し、親戚の記章会社で製造を開始。事業が軌道に乗ったところで独立し、故郷の高崎市で「株式会社高崎金属工芸」を創業した。

　創業当初は、澄雄さんが登山の度に山小屋へ山バッジの営業活動を行い、受注すると作ったバッジを背負って山を登り納品した。山バッジは徐々に山小屋同士の口コミで広がり、各地へと普及していった。また、当時は団体旅行が盛んな時代であったため、同社は観光地の土産品としてペナントや提灯などの販売にも着手。同社の業績は右肩上がりになっていった。

　ところが、2000年代に入ると団体旅行の減少やご当地グッズの台頭により、売り上げは徐々に減少してしまう。これを機に観光地向け商品から手を引き、同社の原点である山バッジの製造に特化していった。その後、登山やキャンプなどのアウトドアブームが到来。山バッジも再び注目を集め、その製造元としてメディアで取り上げられたことで同社の名が広まった。

　現在は2019年に亡くなった澄雄さんの後を引き継ぎ、息子の篤司さんが会社を経営。約300種類の山バッジを製造している。関東近郊の山小屋が中心だった取引先は、四国や九州にも広がり始めた。篤司さんは「その山での光景や体験がよみがえるような山バッジを作っています」と語る。同社はこれからも、登山者の思い出を小さなバッジに表現し続ける。

山のイメージを再現する膨大な資料

　同社では依頼主と話し合いデザインを決めた後、金型の作成とプレス作業を別業者に依頼し、出来たものに色付けをして山バッジを製造している。デザインや高山植物の色は、先代の社長である澄雄さんが撮影した写真や登山日記などの膨大な資料を参考にしており、その山を忠実に再現することができる。

“登山者の勲章”としてのこだわり

　同社では山バッジを“登山者の勲章”と捉え、登山後にその山での体験を思い出してもらえるようなバッジ作りを心がけている。そのため、バッジに刻む標高や植物は偽りがないよう細かく確認し、山容は最も見栄えの良い形を採用している。また、同社やオンラインでの販売はせず、登って買う達成感を優先している。

■登山をテーマにした漫画「山と食欲と私」の作者・信濃川日出雄さんから依頼を受け、同作のオリジナルバッジを製造している。

■2014年に公開された松山ケンイチ主演の映画「春を背負って」の撮影用に、非売品の山バッジを製造した。映画の舞台となった立山連峰の大汝山と、作中に登場する架空の山小屋「菫（すみれ）小屋」がモチーフになっている。

❶まずは依頼主と話し合ってデザインを決め、図案を作成。その図案を基に、彫刻専門業者に依頼して型を作る。型作りはバッジの出来を左右する重要な工程で、同社が長年にわたり信頼を置く業者が担当している。

❷完成した型をプレス業者に持ち込み、地金を型にプレスする。バッジの周りの余分な地金を取り除くため、作成しておいた「抜き型」で型を抜く。少しでもずれると商品にならないため、職人の技術が光る。

❸メッキ加工されたバッジを引き取り、1つ1つ筆で色を付けていく。同じ高山植物でも山によって色が異なるため、豊富な登山経験から蓄積された資料と細かい情報収集で色校正を行っている。

❹バッジの裏面にロウでピンを付けた後、さび止めを吹き付ける。こうして3cmほどの大きさに、山のロマンが詰め込まれたバッジが完成。包装された山バッジはヘリコプターなどで山小屋に出荷され、登山者たちの手に渡る。

【取材協力】株式会社高崎金属工芸
高崎市上並榎町26-3　問い合わせ／027-363-1007